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winter air

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先日、いつもの机で仕事をしていると、どこからか「キュッ、キュッ、キュッ」と何かがこすれる音がします。
蚊の羽音くらいの音量なので、特にあんまり大きな音ではなく、気にしないでいたのですが、仕事が煮詰まってくるとなんだかイライラします。
キーボードを打つなどちょっとした振動でも「キュッ、キュッ」いいます。
ちょっと机に手を載せただけでも「キュッ、キュッ」いいますし、図面を書いている時は「キュッ、キュッ」いいまくりです。

あまりにも腹が立ってきたので、原因を突き止めようと、作業を一旦中止して、机の下を覗き込みました。

まず、机周辺の本やファイルなどが擦れているのかなと、見渡したのですが、どこも触れていません。
「それなら、照明か?」とスタンド照明の位置を、変えたり、留めネジをしっかり留め直したりしたのですが、まだ「キュッ、キュッ」いいます。

「何でやねん!」と再度机を揺らし、音の方に耳を済ませるのですが、まったく分かりません。
しかし根気強く、机を揺らしながら音を探ると、なんとなく、パソコン本体の裏側からのような雰囲気です。
ところが、パソコン本体があるので、それ以上頭が入らないのです。(埃まみれなので、入れたくもないですが。)

そこで、パソコン本体をなるべく机から離し、また机をゆすったのですが、まだ音がします。
完全に腹が立ったので、パソコンも移動させ、埃を我慢して、頭を入れれるだけ入れて音を聞いてみました。

「キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ・・・・」

どこにも触れていないのに、まだ音がするので、もう諦めました。

苛立ちを押さえ、全てを元の位置に戻し、「鳴るなら鳴りやがれ!」と仕事を再開すると、音は鳴りやみました。


・・・・・。


「俺の1時間を返せ!!! この キュッ キュッ野郎!」と叫んだのですが、なんだか可愛い響きとなりました。
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feed food

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最近も忙しく、公共交通機関で色々動き回っているので、ある意味、本を読む時間が捻出できます。
今読んでいるのが、「罪と罰」。古典中の古典ですが、読んでおかないといけない作品と思い読んでいます。

貧乏で病気がちな学生ラスコーリニコフが、極端な持論のもと、高利貸しのアリョーナ・イワーノヴナという老婆と、その妹のリザヴェータ・イワーノヴナを殺害してしまいます。
そこから、話がどんどん進んでいきます。(あまりにも長いので、ここでは割愛いたします。)

衝撃的だったのは、そのラスコーリニコフが持つ、極端な持論、つまり「犯罪に関する論文」のくだりです。(彼はその論文を出版社に投稿します。)

その論文によると、世の中には「凡人」と「非凡人」に別れるという大胆な発想から始まります。
しかも物凄くエキセントリックな表現として、凡人は単なる人口増殖用の「生殖材料」とまで言い切ります。そして、この凡人は法律などのルールに従い、日々を何も考えず、事無きように、淡々と生きているというのです。
逆に非凡人は、凡人の中から極まれに生まれる天才で、人類のために色々な事を、常に発展させています。
彼の持論では、この非凡人にとっては法律は必要ないと述べています。それは「法律」とはある意味、無知性な凡人に必要なのであって、もともと天才の非凡人にはそんな物は最初から必要ないというのです。その極論が、殺人です。
つまり非凡人は人を殺しても言いという事になります。

例えば、ニュートンのような天才が、人類にとって有意義な発明を思いついたとします。しかし、それを拒む「凡人」がそれを反対したとします。そうすれば、折角の人類の発明がその人々のために発表されなくなってしまいます。その時は、非凡人はその発明のため、その凡人を殺しても良く、その時は法律は適応されなく、罰せられないというのです。

でも、そこで困ったことが起こります。極まれといえども、その非凡人が自分の隣にいた時は、たまったものではありません。いきなり襲いかかられても、困るからです。
そこで、聞き手が質問します。つまり、「その非凡人と凡人はどうやって区別するのか?」と。
しかし彼は「非凡人は、まずめったに生まれないし、さらに天才であるので、常に正しい判断しかしなく、犯罪が起こるときは、常に凡人が「自分が非凡人である」と勘違いするから起こるのである」と説明します。
(ちなみに、非凡人は凡人にグレードダウンすることを許されません。なぜなら非凡人として生まれてしまったのだから、凡人として生きること自体許されないのです。)

つまり、天才なら大量虐殺をしても良いと述べているのです。

これを読んで、背筋が凍りました。
まるで、ナチスがホロコーストを人民に説得するために、無茶苦茶な理論を理屈で固めて論破したような話です。ドストエフスキーが政治家でないのがせめてもの救いです。

ちなみにこの青年は最終的には、改心します。つまり自分自身が、「自分が非凡人である」と勘違いする「凡人」だったんですね。多分、腹が減りすぎて、こんな訳の分からない事を考えてしまったのでしょう。

難しいので、解釈が間違っているかもしれませんが、とにかく、色んな意味で衝撃的でした。
カラマーゾフの兄弟もそうでしたが、こういう話を電車で読むと、頭が痛くなって困ります・・・。

peace_and_calm

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あけまして おめでとうございます。
今年もよろしく お願いいたします。

今年の正月は1月1日から、カナダの建築学科にいた友人を京都に案内しました。

金閣寺や清水寺などのメジャーポイントから、知る人ぞ知る的なマイナーポイントまで、色々回りました。
そして、彼が京都滞在を延長してまでも行きたがっていた、桂離宮に昨日馳せ参じてまいりました。

通常、桂離宮は予約が必要で、3ヶ月前に予約しないと一般には入れません。
しかし、色々調べて分かったのは、「ガイコクジン枠」というのがある事と、通訳も1人まではOKという事。
観光で来る「ガイコク人」は、当然3ヶ月前の予約は無理です。(ネットではできますが、そこまで知らないでしょう普通。日本語だし。)
なので、そういう人の為に、当日の朝でも予約が取れるシステムがあるのです。
(ただし、外国人枠も制限があり、いっぱいならその日はダメです。)

と言う事で、朝8時45分開館にあわせ、京都御苑の事務所に朝一番で並びました。
今年最初の開館日と言う事もあり、何とか11時からのツアーに参加するチケットが取れました!
「コノ日ガ、ダメナラ、モウ一泊スルナリヨ」といっていたので、取れた後は「オー、イヤー!」と欧米風にハイタッチしました。(奴は背が高いので、ハイタッチと言うより、ロータッチでしたが。)

桂川をぐるりと回り、11時に桂離宮の入り口に行くと、約20人くらいの人がツアーを待っていました。
ワクワクしていたツアーが、いざ始まると、「なるほど、これは凄い!」と感激しました。
とにかく、建物と自然が完全に一体となり調和しています。
池・橋・建物・植物・庭・動線・視線・サイズ・素材・その他全てが、何も足さなくて、何も引けない位に、完全体として成り立っています。

建築的には、飛び石を面白く配置したり、製材せず自然ままの木で、柱や梁を組んだり、素材のをうまく活かしたり、植物を良く考えて配置する事で、あえて完全に全体が見渡せないようにしてあるなど、創意工夫がいたるところに見えます。

使う側の人々も、風流をわきまえていて、月が正面から上ってくる事を想定した月見台や月波楼など、「月を愛でる」事を想定しながら、付けられた名前などもなかなか粋です。
さらに、最も優雅な話だったのは、水桶に張った水の、水面に映った月をすくい上げてお茶を立てていたそうです。(「ムーンにフィット」のCMでもやっていますね。)

1時間のツアーなのですが、カメラとレンズと説明書を両手に、汗だくでツアーの最後尾をバタバタ回っていました。(ガイドさんすいませんでした。)


と言う事で、今年の正月は、一日歩きっぱなしだし、人は多いし、英語は喋れなくなっているし、大概、酔ってるしで、メチャクチャ疲れました・・・。

今年も良い事がありますように。 ぱんぱん。

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