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short story

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中学1年か2年の頃、いとこの家に遊びに行った時、納戸で遊んでいたら、古い箱が出てきました。
開けてみると、中にはフィルムが載ったままの映写機が入っており、フィルムを良く見ると何か映っているので、「再生しよう!」と試行錯誤を始めました。

フィルム自体は再生が終わっていたので、リールを延々と手作業で巻き戻したのですが、画像が上下逆さまになりました。
次にそれを直すため、もう一回バラして巻き戻したら、今度は左右逆になっていたりと、なかなかうまく写ってくれません。
「もうこれでダメなら、あきらめよう」と言った、最後の調整で、何とか映像を見ることができました。

写っていたのは、親戚の大人たち、小さかった頃のいとこ兄弟と僕。まだ妹は生まれてなかったのかもしれません。写ってなかったように思います。

確か最初のシーンでは、いとこの兄ちゃん達が近所のお祭りに、ハッピを着て、さらに白化粧までして参加する様子が写っていたと思います。
出てくる大人もみんなまだ若く、そしてオシャレなのかどうか分からないような、当時の服を着て、写っていました。
みんなカメラを向けられると、なんとなく仕草が不自然で笑ってしまいました。

いとこの兄ちゃん達は、5歳と3歳くらいで、確か既にプラスチック・バットを振り回していたのですが、恐らく、2歳位の僕は、まだ重心が頭にあるようで、当時から髪の毛の少ない頭をフラフラさせながら、「トテトテ...」と危なげに歩いていました。

映像の時間は確か30分くらいだったと思います。しかも殆どがいとこ兄弟の映像だったので、僕の移っている時間はほんの3分くらい。
しかし、写真ではなく、「動く2歳児の自分」を客観的に見ると言う事は普段あまりしないので、予想していなかった映像として、強烈な印象として残っています。


3月の地震で、原発の避難から一時的に家に戻った時、ゴミ袋一つ分の持ち出し制限の中に、皆さんアルバムを入れたと聞きました。

人は、自分自身を証明する時に、何を基準にするのでしょう。もし記憶がなくなったら、財布に入っている免許証の名前も住所も、何の意味ももたなくなるでしょう。
「自分が自分である」という証明は、自分自身にある「過去からの想い出の積み重ね」しかないのかも知れません。


最近の僕は、「昨日何食べた」かも、忘れがちな、ボケーッとした生活を送っていますが、このままでは自分自身を証明できないに違いありません。
しかし、「想い出作り」は案外、面倒くさいものなので、「よし、今日は想い出を作るぞ!」としっかり意識して、気合を入れながら作らないといけないのだと思います。

仕事が一段落した、心地よい午後に、突然僕が旅に出たとしても、それはとても深い意味のある事なのかもしれません。 
いや、人として、必要なことなのです。(あー、夏休みどっか行きたい・・・。)
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