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beyond the happiness

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相変わらず、多忙な日々が続き、更新が遅れましてすいません。(謝ってはいますが、何人がこのブログを読んでいるかは不明・・・。)
まぁ、ボチボチやっていきます。


ところで、この前、面白い話を聞きました。
仏教では「幸福」の反対は、「不幸」ではなく、「苦」らしいです。

その時は別に「ふーん」と聞き流していたのですが、後になって思い返したら、面白い事に気付きました。

人間生きていると確かに「苦」だらけですよね。

まず物理的に「体」がある。
「体」があると、「苦」の大きな元となる「痛み」があるわけです。
さらに、暑いだの、寒いだの、腹減っただの、眠いだの、色々な物理的煩悩も生まれてきます。

次に、「欲」がある。
お金もなるべく多く欲しいですし、「モテタイ!」と思うのも「欲」でしょう。
あと「あの服欲しい」とか、「あんな車に乗りたい」とかいう「物欲」や、「来年は課長に昇進だ!」という「出世欲」もあります。
恐らく、これらの「欲」を持つ事自体も「苦」なのでしょう。
「僕は、欲がたくさんあるので幸せな人間ですよ、フォ、フォ、フォ。」と言う人に会ったことはありませんからね。

そこで、「幸福」になる為に、これらのありとあらゆる「苦」を取り除いたら、一体どうなるのでしょうか?

僕が思うに「点」になると思います。
よく言う「無」にはならないような気がします。
なぜなら「体」を持たない、「煩悩」も持たないけれども、「自己」はある。
「自己」が必要な理由は、もし「自己」が無くなってしまえば、この話しの大元である「幸せ」を感じる主体がなくなってしまうからです。


そこまで思いを巡らせて、ハタと思考がストップしました。
「点」であることが、果たして幸せなのかと。


最終的に、(と言うか無理やり)たどり着いたのは、「点が生み出される事が、幸福なのではないか」と言う事。

これは決して、「受精」とかいう医学的な話しや、「両親に感謝しましょう」とかいう、お坊さんの説教じみた事ではなくて、もっと概念的に、「無の状態から、点という有がうまれる」ということ自体が「幸福」なのではないかと思えました。

これ以上書くと、仕事が忙し過ぎて夜眠れない、僕の適当な空想話に、ボロが出そうなので止めておきます。
というか、こんな事考えないで良いくらい、安らかに眠れればもっと簡単に「幸せ」感じるに違いありません・・・・・。
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