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最近も忙しく、公共交通機関で色々動き回っているので、ある意味、本を読む時間が捻出できます。
今読んでいるのが、「罪と罰」。古典中の古典ですが、読んでおかないといけない作品と思い読んでいます。

貧乏で病気がちな学生ラスコーリニコフが、極端な持論のもと、高利貸しのアリョーナ・イワーノヴナという老婆と、その妹のリザヴェータ・イワーノヴナを殺害してしまいます。
そこから、話がどんどん進んでいきます。(あまりにも長いので、ここでは割愛いたします。)

衝撃的だったのは、そのラスコーリニコフが持つ、極端な持論、つまり「犯罪に関する論文」のくだりです。(彼はその論文を出版社に投稿します。)

その論文によると、世の中には「凡人」と「非凡人」に別れるという大胆な発想から始まります。
しかも物凄くエキセントリックな表現として、凡人は単なる人口増殖用の「生殖材料」とまで言い切ります。そして、この凡人は法律などのルールに従い、日々を何も考えず、事無きように、淡々と生きているというのです。
逆に非凡人は、凡人の中から極まれに生まれる天才で、人類のために色々な事を、常に発展させています。
彼の持論では、この非凡人にとっては法律は必要ないと述べています。それは「法律」とはある意味、無知性な凡人に必要なのであって、もともと天才の非凡人にはそんな物は最初から必要ないというのです。その極論が、殺人です。
つまり非凡人は人を殺しても言いという事になります。

例えば、ニュートンのような天才が、人類にとって有意義な発明を思いついたとします。しかし、それを拒む「凡人」がそれを反対したとします。そうすれば、折角の人類の発明がその人々のために発表されなくなってしまいます。その時は、非凡人はその発明のため、その凡人を殺しても良く、その時は法律は適応されなく、罰せられないというのです。

でも、そこで困ったことが起こります。極まれといえども、その非凡人が自分の隣にいた時は、たまったものではありません。いきなり襲いかかられても、困るからです。
そこで、聞き手が質問します。つまり、「その非凡人と凡人はどうやって区別するのか?」と。
しかし彼は「非凡人は、まずめったに生まれないし、さらに天才であるので、常に正しい判断しかしなく、犯罪が起こるときは、常に凡人が「自分が非凡人である」と勘違いするから起こるのである」と説明します。
(ちなみに、非凡人は凡人にグレードダウンすることを許されません。なぜなら非凡人として生まれてしまったのだから、凡人として生きること自体許されないのです。)

つまり、天才なら大量虐殺をしても良いと述べているのです。

これを読んで、背筋が凍りました。
まるで、ナチスがホロコーストを人民に説得するために、無茶苦茶な理論を理屈で固めて論破したような話です。ドストエフスキーが政治家でないのがせめてもの救いです。

ちなみにこの青年は最終的には、改心します。つまり自分自身が、「自分が非凡人である」と勘違いする「凡人」だったんですね。多分、腹が減りすぎて、こんな訳の分からない事を考えてしまったのでしょう。

難しいので、解釈が間違っているかもしれませんが、とにかく、色んな意味で衝撃的でした。
カラマーゾフの兄弟もそうでしたが、こういう話を電車で読むと、頭が痛くなって困ります・・・。
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